教育に成功はない

2021年4月22日

子供を教育する上で、僕が意識していることは、教育に成功はないということです。

本やネットでも、教育の成功例みたいな内容のものはたくさんありますが、教育自体に成功なんてありません。例えば、東大に合格させる、とか京大に合格させる、あるいはどこかの医学部に合格させる、そういったものが目的ならば、確かに、そういった大学に合格させればその目的は成功したと言えるでしょう。でもそれは教育の一部でしかありませんし、教育の目的の中心部分でもありません。

僕の教育の目的は、Aが幸せになること、有意義な人生を生きれること、などです。その過程に先ほど言ったような大学に入るということが出てくることがあるかもしれませんが、それが唯一のコースでもなんでもありません。もちろん、「幸せになる」とか「有意義な人生を生きる」ということ自体が、曖昧でよくわかりません。というかこれは僕が決めれるようなことではないのです。それでもそういった曖昧なものを目標として教育するわけです。

たとえ一流大学に行っても、もしかしたらもっとAにとって有意義な人生を歩むコースがあったかもしれません。そういった可能性は必ずあります。つまり、どんなに一般にうまく行った、成功したと思われるような状況になったとしても、Aにとってもっといい状況があったかもしれないのです。その場合、一般に成功したと言われるような状況にAがなったとしても、教育に成功したと言えるでしょうか。

あるいは自分以外の人間がAを教育したら、もしかしたらもっとAの才能を伸ばせたかもしれない、そういう可能性も否定できません。だから僕は、教育に成功はないと言うのです。

教育に成功がないことは、教育をしない理由にはなりません。成功とは思わなくても、自分がその中で最善だと思うものを考え、それを実行していく、ただし成功しているかどうかなんてわからない。だからさらによくできることはないか考える。

逆にいえば、いつも失敗かもしれません。そして失敗でいいのです。

そういうものではないかと思うのです。


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