保育園の保護者参観

この前の土曜日、息子の保育園の参観日でした。今回もコロナのせいで、父母どちらか一人ということでした。今年度になってまだ妻は一度も保育園に行っていないので、僕に行っていいよといってくれました。行かなさすぎて行きにくいといっていました(笑)

年度はじめの保護者説明会よりは、お父さんの比率が高かったですね。3割ぐらいはお父さんだったと思います。

常にせめてこれくらいの比率だといいのにと思います。

まあ一番いいのは、コロナの心配をせずに、両親が一緒に参加できるようになることですね。

10月には運動会なんかもありますが、その頃にはそうなっているといいなと思います。

まあ、こういうことを書いていると、育児の楽しい一面のような感じもあるかもしれませんが、実際のところ、最近ちょっと疲弊しています。

小さい子供を見ていると可愛いと思う反面、早く大きくなって解放されたいという気持ちもあり、なかなか複雑ですね。僕らのように二人親でさえそうなのですから、シングルの家庭やワンオペをしている人は、ほんとうに大変だとおもいます。


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毎日の保育園の送迎

保育園を送迎するのは基本的に僕の仕事です。今年度になってからは、まだ一度も妻に代わってもらったことはありません。ただ、入試のときなどは、どうしてもそちらを優先しなければならないときは、妻に代わってもらいます。そしてそういうときがあるので、それ以外は、会議などもオンラインなど以外は、他の時間にしてもらうか、欠席させてもらっています。

比較的、そういうことについて寛容な職場ですので、それは助かります。逆に、自分の息子が大きくなったら、今度はそのとき小さな子供がいる人にも同じようにしてあげなければと思います。

ところで、保育園に毎日行っていると、自然と顔見知りの子どもたちが増えていきます。最近は、毎日、「○○くんのお父さん、これみて」とか「こっちきて」とかハイタッチとか握手とか、息子のお友達がたくさん集まってきてくれて、それは送迎をしているものの特権と言えるかもしれません。

小さい子どもと犬には昔から好かれやすいので(大人には嫌われやすいのですが)そういうのもあるかもしれません。でも保育園なのに(つまり、基本的には共働きなのに)圧倒的にママのお迎えが多いのはなぜなのでしょうか?

こういうところから社会は変わっていかなければならないと思います。


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お昼寝がなくなって

息子は今年から年中さんになりました。それで、最初の半年、お昼寝をするかしないか選択できるようになったのですが、夜早く寝てほしいので昼寝なしを選択しました。

ところが・・・夜早く寝るというよりも、夕食後に息子が眠たくなってちょっと寝てしまうという事態が毎日のように起きています。息子が昼寝をしないのは、雨の日で1日保育園の教室で過ごした時だけ。

夕食を食べて、ちょっと一時間ほど寝てそれから公文の宿題をするので、結果的になんか寝るのが遅くなるという状態になっています。

遅くなっても、じゃあもう宿題はいいかとなると、それを狙って眠たいふりをするようになるのも困るので(まったく息子のことを信じてないようですが笑)必ず、起きた後勉強させています。

まあもう少し息子に体力がついてくるのを待つしかないですね。いつごろお昼寝なしでフルに起きていられるようになるのでしょうか。


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またコロナ休園

GWもおわっていよいよ本格的に日常生活に、と思った今日、息子を保育園におくっていったとたん園から連絡があって、また園児の中にコロナの陽性者が出て二日間の休園に。。。。

すぐにまた迎えに行くことになりました。

息子の相手をしながらの授業の準備・・・なかなかハードなアフターGW初日でした。

明日は、妻が家で息子を見てくれます。。。


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保育園の先生の髪の色

息子が行っている保育園で、息子も2年ほどお世話になった先生がいるのですが、その先生の髪の色は、とても鮮やかな金髪でした。もちろん日本人なので染めているのですが。

その先生の髪の毛が最近突然黒色になりまして、僕としては先生の目印(特に、コロナでマスクをしているので)だったので、最初、その先生かどうかわからなかったくらいです。

先日、先生に、髪が黒くなったことを指摘すると、まあちょっと明るすぎかなと思ってとおっしゃっていました。僕が先生に、全然そんなことないと思いますよ(確かに明るいのですが、別に「すぎる」なんていう必要はないと思ったので巣)といいましたら、先生も、私自身はそうなんですけど、とおっしゃっていました。

本当に先生が自分で考えることがあって髪を黒くされたのならそれはそれでいいのですが、もしも親や管理職の人からそれが好ましくないということだったとしたら、ちょっと残念な気がします。特に万が一ですが、親からの注文だとしたら、その親も、それに対応した保育園も残念だと思います。

その先生はとても元気でいい先生でしたので、そこがきっちりしてくれていたら髪の色なんてどうでもいいのです。大人なんですから。

ある意味で、そういう先生がいるということは、息子が通っている保育園の自由さというか、寛容さ、多様性の尊重というような一つの目印のように思っていたからです。

まあ、僕が別にこだわる必要はないのですが(笑)

大学で僕がとても可愛がってもらっていた先輩の女性教員で、ちょくちょく髪の色が紫になる先生がいました。いい色ですね、というととても嬉しそうに「そうでしょ!」とおっしゃっていました。もう定年で辞められましたが、ちょっと懐かしく思い出しました。


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2歳から3歳の成長

先日、保育園にAを迎えに行った時に、この一年の成長を示す展示がされていました。それは、去年の4月に書いた子供たちの絵と、この3月に書いた子供たちの絵が、並べて展示されていたのです。

どの子も4月のときにはクレヨンの筆圧も弱く、抽象画過ぎる感じでしたが色も濃く、力強くなり、中には、人の絵でも顔に体がついて、ちゃんとそこから足が出ている、という具体性が増した絵になっていました。

その中にあって、我が息子Aの絵はなんか独特で笑ってしましました。それが下の絵です。

上の絵が去年の4月の絵、下がこの三月の絵です。なんか、数字?あるいは足し算が書いてある!

多くの子供が人や生き物の絵を書いているのに、息子の絵だけ独特でした(笑)

先生の話によると、パパとお勉強をしている絵だとのことです。

うれしいような、独特過ぎる感じに心配なような。

また今後の息子の進む方向性が楽しみです。


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鬼の痕跡を探すー因果関係の探求

Aが体力もついてきて、最近は保育園の行き帰りに歩いて行けるようになりました。前も歩けたとは思うのですが、しばらくすると「だっこ」といって結局抱っこしなければならなくなったのですが、それがなくなったのです。

しかも歩いていくのが楽しいらしく、自転車で行くか歩いていくかと聞くと、今のところ必ず歩いていくと言います。

保育園までの道のりは、大人ならば10分くらいですが、Aと一緒だと15分から20分くらいかかります。めんどくさいと言えばめんどくさいのですが、Aが体力をつけるためには、あきらかに自転車よりも有益です。勉強するにも体力は必ず必要になります。

でもせっかくですから、この歩く時間を最大限、体力以外の教育にも活用したいものです。

僕とAがこの保育園の行き帰りにやっていることがいくつかあります。まずは、今日のタイトルにある「鬼の痕跡を探す」です。これが何かということなのですが、行き帰りの道中のアスファルトには、多くのひび割れがあります。これが何でできたのかということを二人で話し合うのです。

僕らの物語は、これは、鬼さんがいたずらをしたというものです。これは以前、なんで道にひび割れがあるのかということをAが聞いてきたときに、僕が彼に「鬼さんがやった」といったことがあるのを、Aが覚えていたことがきっかけです。歩いて保育園に行ったり、帰ったりするたびに、こういうひび割れを見つけたAが、「パパ、あれ鬼さんがやったんちゃう?」と聞くようになったのです。

「お、よく覚えていたな」ということで、僕らの鬼の痕跡探しが始まったのです。ひび割れには、いろいろなものがあります。でもそれがすべて鬼の仕業というわけではありません。直線的なものであったり、四角いものであったりする場合、Aは最初に「これも鬼さんや」とAは言ってきたのですが、僕は「それは違う」と答えたのです。こういったものは、鬼ではなく、道を直す人がやったのだと。

なんでも「鬼」で片付けてしまうと、リアリティがありません。鬼の痕跡とそうではないものがあって、それを二人で見抜くこと、それが重要なのです。きちんと(?)状況を観察しようとする姿勢を身につけることが重要です。Aも最近では、ランダムな傷は鬼、直線的で規則的なものは道を直してくれる人、という区別を理解し、それも含めて報告してきます。

また、鬼の痕跡でもさまざまな物語があります。古いひび割れには苔が生えていたりしているので、これはずっと昔の鬼さん、マンホールの近くの傷は、マンホールを持って帰ろうとした鬼さんが作った傷。

まあ、こんなことを書いていると、なんの話や、と呆れる人もいるかもしれませんが、案外、Aは真剣なのです。2歳のAにとって、これはおそらく事実なのでしょう。そしてこういうやりとりは、Aにとって周りを観察し、何かを見つけようとすること、そしてそれを見つけたときに、なんでそれができているのか、その原因を考えることの訓練にもなりますし、そしてそれは想像力を豊かにしてくれるのではないかと思っています。

こんなことをやっているとますます歩くのが遅くなるのですが、有意義な時間なのです。


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初めて歩いて保育園に

前回は、次は公文で最初の教科を国語にした理由を書くと書いたのですが、ちょっと寄り道して、昨日のできごとを書きたいと思います。

昨日は雨でした。普段は、雨のときは、自転車にレインカバーをつけてAを乗せていくのですが、昨日は、「いつもみたいに自転車で行くか、それとも傘をさせいて歩いていくか」と提案してみました。

すると息子は、傘をさして歩いていく!と即答。

そこで二人で傘をさしながら15分ほどの道のりを歩いていてきました。

二歳の息子にとって今持っているウルトラマンの傘はちょっと大きいです。でも近くのお店で傘を買ったときに、ウルトラマンの柄の傘が、この大きさしかなく息子は、柄の途中をもっています。15分雨の中をあるくのは息子には割と大変だったと思います。でも息子は、一生懸命歩いて無事保育園に来ました。しかも、歩いて保育園に行ったのは、これが初めてだったのです。

我が家には車がないし、なるべく息子には歩くのが好きな子になって欲しいと思います。外を歩くというのは、じっくりとまわりを観察することができ、見つけたものについて話をすることができ、まさに刺激の宝庫です。しかもやはり勉強をするにしても体力は重要です。

ちょっと前までは、保育園の帰りに歩いて帰ることを試みましたが、途中でだっこだっことなりました。今日の歩いての登園で、息子の体力の向上を感じることができました。

親の僕としてはめんどくさいところもあるのですが、教育の一環として、徒歩での登園をこれからふやしていくつもりです。


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保育園に行かせるか

保育園ありきのプラン

いまだに、保育園は、仕事などで止むを得ず子供を預けるところ、と考えている人が多いように思います。また社会制度もそのようなイメージで設計されているかと思います。そのために、保育園に預けるハードルがただく、預けたくてもなかなか思うように預けることができない現状があります。

ですが、僕自身はこの考えは改めるべきだと思います。保育園は、少なくとも幼稚園と同じように、選択的教育の場として捉え直すべきだと思っています。

僕の同僚でも、発達心理の専門家や社会政策の専門家などがいますが、共働きということももちろんあるのですが、みな保育園に子供を預けています。ぼくは昔、発達心理の専門家に、なんで自分で育てへんのや、と聞いたことがあります。すると、預ける方がいいから、という実にシンプルな答えでした。そのときは、それ以上深く聞かなかったのですが、今改めて自分の子供の教育について考えると、基本的には保育園に預ける方がいいと思いました。

その理由は、子供の社会性の発達と刺激ある環境という二つです。親がほとんどの時間を子供と過ごす場合、この二つを満たすことはなかなか大変です。どうしても比較的単調なループに陥りがちです。僕もAが生後一ヶ月経った頃から、二人で半日過ごすことがときどきありましたが、その半日を全力で相手するのは無理です。1日やそこらならまだしも、それが数日続くとなると、考えただけでも気が滅入ります。(専業主婦で、ワンオペ育児をしている人は、本当に大変だろうなと思います)。もちろん、そんな社会性や刺激なんて小さいうちは必要ないという考え方もあると思います。それは間違ってはいないと思います。また、場合によっては、世帯人数が多かったり、近所に同じ年くらいの子供が山のようにいて、なんかいつも道端で遊んだり、といった仕方で、保育園に行かなくてもそういった刺激を与えられる環境もあると思います。ですが、我が家の場合はそうではありません。そして、必要か必要ないかというのは、目的にたいして決まるものです。僕はわりとどんどんと教育を勧めていくというプランでやっているので、今の我が家の環境において、その目的にとっては、保育園に行って刺激を与えることは必要なのです。

子供成長を待たない

僕の考えでは(僕は教育学の専門家ではありません)、子供の成長をただ待つというのは、あまり良くないと思っています。動物は、環境に対して非常に柔軟に変化する生き物なので、人間も、たんにその成長を待つのではなく、成長を引き出すために刺激を与えることが必要だと思っています。そのためには、家とは違う環境、たくさん人のいる環境、そういうところにAを送り出すことが、彼の成長を促すと考えたのです。そのため、保育園は、我が家にとって、経済的に必要な選択肢ではなく、教育的に必要な選択肢だったのです。

ですが、誰でも保育園に行けるわけではありません。我が家では、Aを保育園に行かせるために、妻にフルタイムで働いてもらうことになりました。久しぶりの労働ということもあって、最初はめんどくさがっていた妻を説得し、ハローワークに行ってもらい、仕事を見つけてきてもらいました。(ちなみに、妻の自由になるお金が増えたので、妻は今では働いて良かったと言っています。)ハローワークで仕事を探しているあいだ、また勤め先が決まっても正式に4月までは、一時保育でしのぎました。

おかげで無事に一歳一ヶ月のとき(2019年の4月から)息子は、正式に保育園にいくことができました。

また別のページで書きますが、保育園に行った効果は出ていると思います。

しかし、保育料の高さにはやや辟易しています。我が家全体の収入は、妻がフルタイムで働いても、基本的にはパートなので、保育料を払うとほとんど増えません。

普通の幼稚園のように、家庭と園の契約という形にして、誰でも(場合によっては共働きではなくても)保育園に行けるような社会にするべきです。保育園に行かせなければならないと言っているのではありません。希望したら誰でも行けるようにするべきです。保育園は、たんなる保育の場ではなく、一種の教育の場なのです。


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